2025年3月13日、横浜市立富岡小学校に湯澤三郎講師を派遣し、卒業を控えた6年生に【羽ばたこう!ワクワクする”出会い”が待つ世界へ!】というテーマで講演を行いました。
湯澤三郎講師略歴: (一般財団法人 国際貿易投資研究所 (ITI) 顧問)1940年、横浜生まれ。栄光学園中学・高校から早稲田大学 政治経済学部へ進学。1963年、日本貿易振興会 (JETRO) に入職、米州課長、海外調査部長等を経て理事に就任。この間、スペイン、エルサルバドル、ペルー、米国、ブラジル駐在。 エジプト通産大臣輸出振興アドバイザーを歴任。1999年、在エルサルバドル特命全権大使、2003年帰国しJETRO 特別顧問。2011年(一財)国際貿易投資研究所 専務理事 兼 『世界経済評論』編集長。2019年 理事長、2021年7月より現職。NPO法人 国際人をめざす会 講師
以下、湯澤講師の出講報告です。
13:15京急富岡駅で阿部さんと落ち合う段取りが、電車事故で慌てました。上り線金沢文庫駅で各駅停車に乗り換えて二駅目の京急富岡へは不通になっていました。バスには長蛇の列。満員でいつ乗れるか不安です。幸い早めに家を出たので時間的に余裕はあるので、確実性を優先して二駅を歩くことにしました。珍しいほどの好天下、汗をかきかき富岡駅へ1時間足らずで着きました。一服しているところへ阿部さんから電話。「上大岡駅にいます。間もなく開通するらしいのですが、到着時刻不明です。先に行ってください」というわけで、初めての富岡小学校を訪ねました。矢部小学校から転任された黒木校長先生にご挨拶のうえ、会場の多目的教室へ向かう廊下の窓から外を歩く阿部さんを黒木校長が発見。めでたく間に合って6年生学年主任の森田先生がスライド投影のセットアップを整えてくださいました。富岡小学校は創立150年の由緒ある学校で、鎌倉幕府時代からそれなりの地位を占めていた富岡の歴史を象徴する存在だそうです。廊下には初期の生徒や校舎の写真が飾ってありました。6年生約100名が揃って入場、森田先生のご紹介を受けてお話を始めました。


「羽ばたこう!ワクワクする”出会い“が待つ世界へ!」
<話の概要>
今日は皆さんの旅についてのお話をします。旅と言えば、皆さんの修学旅行はどこへ行きましたか?日光? そう、事前に日光について何か調べましたか?そう、東照宮が何か調べましたね。旅は前もって調べることがその旅を素晴らしくするために必要です。皆さんのこれからの旅も前もって調べておくと、素晴らしい旅になるでしょう。
その旅とは、皆さん一人一人が自分らしさを発見し、育てる旅です。皆さんはこれから、何をやりたい、何になりたいと考えて行くでしょう。その夢や希望には、自分の好きなこと、得意なことなどが反映されているでしょう。でも自分のことは分かっているようで、実は分かっていないことが多いのです。他人が見た私は、案外私がこれまで気が付かなかった私ということが少なくありません。自分らしさは、自分よりは他人とか、自分に起きた出来事を通して少しずつ発見して育てられて行くと言ってもいいのです。一口で言えば、出会いです。様々な出会いを通して自分らしさを発見し育てられます。
人は出会いによって変えられ、隠れていた自分らしさが引き出されます。能登半島の地震で被災して避難所で生活していた眼鏡屋さん(木下さん)は、ある時「近くでただでパンをくれるらしい」という噂を聞き、半信半疑でそのパン屋を訪ねたところ、本当に8個入りのパンを貰い、感動しました。「自分でも何かできるのではないか」と真剣に考えた末、「ただでメガネを直します」と宣伝、多くの人に喜ばれました。パン屋さんとの出会いが木下さんの優しさを引き出してくれたのです。一人一人が自分らしく輝けば世の中は、もっと明るく豊かになるに違いありません。
出会いは人、出来事だけではりません。本や新聞:テレビ、インターネット、映画、芸術、それに自然のなかにも多くの出会いがあります。
有名な人たちがどんな出会いを持ったか見て見ましょう。
1954年からラジオ・テレビで活躍している黒柳徹子さん。「窓際のトットちゃん」を書いたトットちゃんです。トットちゃんは小学校を退学させられたのですが、転校先で出会った校長先生からもらった「本当は君はいい子なんだよね」という言葉に力づけられ、今のスターになりました。
次はテレビでおなじみの「あのちゃん」。あのちゃんは小学校からずっとイジメに遭い、不登校になり、たまに学校へ行ってもずっと保健室で過ごすようにして学校生活を送りました。家では自室にひきこもる生活が続いてある日、インターネットで見たプロダクションの募集と出会い、応募して合格してから思いがけずトントン拍子にテレビの人気者になりました。
シドニーオリンピックの女子マラソンで優勝した高橋尚子さんの出会いは、落ち込んだ時に監督さんがくれた言葉でした。「何も咲かない寒い日は、下へ下へと根を伸ばせ、やがて大きな花が咲く」。体調が悪い、練習しても結果が出ない、やる気がいまいち出ないといった希望がしぼむような時は、黙って心をしっかり持つよう、耐える心を磨いて練習を続けること、自分を信じれば結果がついてくるという言葉との出会いでした。
次は京都の中三茨木君の出会いです。茨木君は小6で中学受験に失敗して落ち込んだ時、お母さんが「生涯で一番好きだった本、赤毛のアン」を勧められ、感動した言葉との出会いを作文にして朝日新聞主催のコンクールに応募、見事2万7千のなかで最優秀賞に輝きました。赤毛のアンが大学入試で一番になり、奨学金を得て大喜びしている時、養母シュリルの独り言「アンが出て行って一人で暮らすとは寂しいねえ」を聞いて、決心します。「大学進学をやめて地元の学校の先生になる。今曲がり角に来ているの。曲がり角の先には何があるかわからないけれど、きっと一番よいものがあるに違いないと思うの」。落ち込んでいた茨木君は別の学校に入り、確かに曲がり角を曲がった先、その学校で素晴らしい学校生活があったと書きました。
皆さんが知っているサッカーの日本代表選手の長友さんのお話です。長友選手は高校、大学、プロの時代、運動選手にとって致命的な椎間板ヘルニアという病気に見舞われ、何度も「もう駄目だ、サッカーはもうできない」と諦めかけました。でもその度にお医者さんやリハビリを指導してくれる理学療法士の熱心さに励まされ、懸命にリハビリを重ね、やや回復したらとにかく体幹を鍛え、足腰を強くする訓練を黙々と重ね、遂に大柄な外国選手とぶつかっても負けない体、90分誰よりも走り込める足腰を身につけることができました。病気が長友選手の忍耐心を引き出し、育てる出会いとなったのです。
画面左下の前野さんはサバクトビバッタの研究者です。アフリカのこのバッタは時に東京都くらい広い空を覆い尽くす何百億匹の大集団を組んで移動し、降りた土地の作物のみならずあらゆる植物を食い尽くす、アフリカ中が恐れる害虫です。前野さんは小学生の時は駆けっこが遅く、鬼になると誰も捕まらないのでゲームにならず、段々仲間外れになり、寂しい思いが続きました。ある日下校の途中、道端でしゃがみ込んでいた前野君の目を引いたのは働く虫たちでした。それから前野君は虫に興味を持ち始め、中学で「ファーブルの昆虫記」という本に出会い、決定的な虫好きになったわけです。
大谷選手の場合は高1の時、「自分らしさ」の将来像を描き、その目標に向かって毎日努力を重ねてきました。大谷選手の描いた将来像は大ピッチャーになるための努力目標が全体53項目の三分の二ほどあります。その他三分の一の17項目はどういう人になりたいかという「自分らしさ」へ向けた項目になっています。アメリカでも話題になった「ゴミを拾う」もこの中にあります。その他礼儀、思いやり、感謝、挨拶、部屋掃除などがあげられています。アメリカ中で大谷選手が愛され、尊敬されるのも若い時からこうした自分らしさを大事に毎日小さな努力を重ねてきたからです。

自分らしさとは一体何でしょうか。頭がいいとか歌がうまい、駆けっこが速いといった才能、特技があげられます。もう一つは人柄と言われるものです。誰もが世界で自分しかない、場所や役割を持っています。一人ひとり違うから意味があるのです。
自然界はどんな草花も似ているようでみんな違います。もうすぐ咲き始める桜の枝ぶりもみんな違うから美しいのです。周りを見てみんなと同じようにすればいいと、手を挙げることは自分らしさを捨ててしまうことになってしまいます。人柄を磨いて自分らしさを育てる方法があります。簡潔に言えば「爽やかで優しく、逃げず諦めず、小さな一歩」をいつも心がけることです。
出会いの種類についてそれぞれの姿や意味を考えてみましょう。
人との出会いは、その人の人柄、笑顔、言葉、生き方、考え方によって心に刻まれます。例えば、笑顔は心の栄養です。一つの笑顔が受ける人の心を動かし、生き方まで変えることがあります。贈られた笑顔で人は明るくなり、周りの人たちも明るくなります。出会った一つの笑顔が知らないうちに波のように広がって行きます。
できごととの出会いで気が付くのは、楽しいことよりつらい出来事の方が残念ながら多いということです。でもトットちゃんやあのちゃん、長友選手の例で見た通り、つらい出来事の一歩進んだ先につらかった以上の喜びが待っていました。その時は「もうだめだ、もう無理、もう嫌だ」でお先真っ暗だったでしょうが、その暗さ、辛さとの出会いにはもう一つ別の意味があったと言えるでしょう。「せべての出来事に意味がある」と長友選手が言っているように。またギリシャの哲学者アリスとテレスが「真理は目の前のモノとできごとの中にある」と言っているように。赤毛のアンが「曲がり角の先には何があるかわからないけれど、きっと一番良いものがるにあるに違いないと思うの」と言ったように。
本との出合いで有難いのは、学校生活で出会いが限られてしまうなかで、本を読むことによって、沢山の人たちと出会い、沢山のできごとと出会うことができることです。ぜひ中学では図書室へ行って面白そうな本を沢山読んでください。もう一つの読み方は、日頃「なぜだろう、何だろう」という疑問を沢山持つことから始まります。疑問を多く持つことで、答えが書いてありそうな本が向こうから目に飛び込んできます。答えの部分を探して読むので読み方も早くなります。
自然との出会いは誰にも身近にあります。どんな虫や植物も自分らしさを発揮して個性的な生き方をしています。科学者の教科書は自然ですが、科学者でない僕たちにとっても自然は子供から大人まで、素晴らしい教科書です。眼を凝らし、耳を澄ますと必ず自然からのメッセージが伝わってきます。ミイデラゴミムシは敵が近づくと瞬時に摂氏100度のおならを噴射して撃退します。瞬間的に100度のガスを噴射する技術はまだ人は開発できていないのです。やけどもせず、小さな体で全方向に何度でも瞬間的に発射できる特技はこの虫しかない「らしさ」でしょう。
タンポポは弱い花なので森には生きられず、人に踏まれてもいいような場所に咲き、それにふさわしいタンポポらしさを発揮しています。花が咲くときだけ茎がすっくと立ちあがり、咲き終わると地面に倒れ、種が熟するとまたすっくと立ちあがって綿毛を風に乗せて飛ばして仲間づくりをします。すみれだけではないのですが、アスファルトを押しのけて草花が咲きます。茎の先の力はタイヤの空気圧の6倍も強いと言われます。雑草は厳しい環境で育つための「雑草らしさ」を茎の先に秘めているのです。虫が他の虫と共生する例にも独自の「らしさ」が見られます。アブラムシがお尻から出す甘い液をアリが食べ、代わりにテントウムシなどのアブラムの天敵が来た時に撃退して守ります。
これまで人、できごと、本、自然を通した出会いの姿を見てきましたが、それらを一度に経験できるのが外国です。眼、耳、心、身体でこれまでなかった出会い、経験を体一杯に受ける衝撃は忘れられず、自分らしさに新しい頁を開いてくれます。僕が20年余りの外国駐在生活で最も驚いた経験はエジプトでの出来事でした。約束の時間に相手の人が来ない、約束の時間に訪ねても相手がいないということが再三繰り返されました。よっぽど電話して来ない理由、どうしたのか聞こうとしました。でも聞かないでよかったのです。もし聞いていたらその後、まともに付き合ってくれないことになったのでした。相手の人は僕の約束を守って来る、あるいは待っているつもりでした。でも急に別の用事が出てきたのです。アラーの神はそっちを先にしろとお命じになっているに違いないと思って、僕との約束時間に現れなかったのでした。エジプトでは誰もがこういう習慣で動いているので、その度に断りの知らせをする習慣はなく、来なくても,居なくても別に気にしないということが分かりました。
時間を守るということは絶対だと思っていた僕の思い込みは、ひっくり返りました。時間厳守以上に大事なことがあるのだと初めて知りました。それからは「変だぞ、おかしい、駄目だ」と直ぐにカッとならず、「何か理由があるに違いない、なぜだろう」とまず間を置いて考えるようになりました。何があってもそんなに驚かないようにもなりました。我慢強さが出てきたとも言えます。エジプトに行かなければ、相変わらず「ビジネスはまず時間厳守」と固く信じ続けていて、遅れたり、約束をすっぽかしたりした人を軽蔑していたでしょう。
これまでと違う世界に身を置くと素晴らしい出会いが続々と出てきます。そしてこれまでと違った自分らしさに気付くことでしょう。ぜひ機会があれば進んで海外へ行ってください。語学は心配ありません。英語ができるに越したことはないのですが、片言英語でも伝えたいことがしっかりしていれば相手はちゃんと耳を傾けてくれます。

最後に人との出会いを豊かにするためのヒントをお話します。出会いは待っているより、一歩進んで言葉をかけたり、行動することによって数倍も豊かになります。小さな一歩への心がけ、勇気が必ず「らしさ」を磨き上げてくれます。
その小さな一歩とは、簡潔に言えば「お早う、おめでとう、ごめん、よろしく、どうぞ」という言葉に尽きます。挨拶をきちんと明るくし続けるだけでも、できそうでできない素晴らしい心がけです。大谷選手も挨拶を目標に挙げていましたね。おめでとうは相手をほめること。相手をほめると相手の人もほめてくれ、明るい二人は自然に周りを明るくしてゆきます。全部日頃心がけるのが面倒だったり、難しければ毎月一つを目標にしてみるという方法もあります。イチロー選手の言う通り、毎日の小さな積み重ねは確実に身に付き、自分らしさとなって輝きを増します。
中学校から始まる皆さんの「自分らしさ」の発見の旅が、沢山の素晴らしい出会いに恵まれ、実り多い旅になりますようにお祈りして僕のお話を終わります。